秋の季語を知ろう!有名な秋の俳句と上手に俳句を読むコツ
2014.09.25俳句 , 趣味季節を感じられる俳句は、四季がある日本ならではの文化です。5・7・5のリズムに合わせて、季語を入れた歌を作ります。現在でも企業による俳句の募集が行われており、また特に季語にこだわらずに5・7・5で詠む川柳も近年ブームになっています。
古典文化でとっつきにくいイメージのある俳句ですが、コツさえつかめばさほど難しくはありません。今回は有名な秋の俳句から、秋の季語と俳句作りのコツをご紹介します。
【有名な秋の俳句1】
「赤とんぼ筑波に雲もなかりけり」
この俳句は正岡子規の有名な俳句です。赤とんぼが筑波に飛んでいる、その背景には一切の雲もないという意味です。この俳句は読んだだけで、秋晴れの青い空の下、赤とんぼが筑波山に飛んでいる風景を想像できます。
俳句は読んだだけでその情景が浮かぶように作るのがコツです。この俳句では「雲もなかりけり」という表現から、空に全く雲がないことを示しています。また「けり」とは強い印象を表す言葉で、赤とんぼと空の美しさに感動している心が表現されています。
赤とんぼに夕日も美しいですが、雲のない空と赤とんぼであれば、昼の秋晴れの青と赤とんぼの赤の対比の方が美しく見えるでしょう。よってこの俳句は、真昼の秋晴れの空を見て作られたものだと想像できます。このように時間帯や季節などがぱっとイメージされやすい俳句ほど、評価も高いです。
この俳句には「赤とんぼ」という秋の季語が使われています。赤とんぼは秋の季語の中でも仲秋、今でいうと9月ごろの季語として使われる言葉です。
【有名な秋の俳句2】
「秋深き隣は何をする人ぞ」
日本人なら誰もが知っている俳人・松尾芭蕉の俳句です。秋も深まって静かにしていると、隣の人は何をしている人なのか気になってしまうという意味があります。
この俳句からは言いようのない寂しさのようなものが感じられます。このとき芭蕉は俳席に呼ばれていましたが、体調が優れなかったために俳席に参加できませんでした。その代わりに弟子に託したのがこの句です。
芭蕉はこの句を作ってしばらくしてから亡くなりました。芭蕉が生涯で最後に作った辞世の句です。
この句の季語は「秋深き」です。この言葉は秋の深くなった晩秋を表す季語で、秋が終わり冬が始まるという寂しい雰囲気を表現するときに使われます。この言葉と全く知らない隣人を気にする表現から、芭蕉が人恋しくなっている気持ちが感じられます。
代表的な秋の季語
上記した俳句に使われている以外にも、秋の季語はたくさんあります。季語には事実の季語と指示の季語、約束の季語という3つの季語があります。
1つ目の事実の季語とは、季節によって決められている季語のことを言います。例えば「桜」は春に咲く花のため春の季語、「雪」は冬に降るため冬の季語です。秋の場合は「秋桜」や「菊」「秋刀魚」などが事実の季語です。
2つ目の指示の季語とは、春や夏といった季節を付けて季節を表現する方法です。「夏草」や「冬山」などがこれにあたります。秋の場合は「晩秋」や「秋晴」などが、この表現に当てはまります。
3つ目の約束の季語はそれ自体は通年あるものの、一定の季節をイメージさせるものを言います。例えば「金魚」は通年いるものですが、多くの人は金魚と言えば夏をイメージします。秋であれば「虫」を使うと、秋であることを表現できます。
また同じ季節の中でも使う季語によって、その季節のどの辺りかがわかります。例えば蜩(ひぐらし)は夏が終わる頃から秋の初めにかけて鳴く蝉(せみ)です。そのため「蜩」という季語を使うと、それだけで秋が始まったばかりの頃をイメージできます。
同じように「松虫」や「葡萄」であれば仲秋、「干し柿」や「白鳥渡る」などは晩秋をイメージさせる季語です。季語はそれだけでおおよその風景をイメージさせる大切な言葉であるため、俳句では季語の選び方がとても重要になってきます。
擬人化や体言止めで表現を広げよう
俳句を作る際には、いかに相手に自分のイメージを伝えるかがポイントです。相手に伝えるためには、表現を豊かにすることが必要になってきます。そのための方法として擬人化と体言止めという2つの方法があります。
擬人化とは物を人に見立てて表現する方法のことです。物の様子を人に見立てることで、表現の幅が広がるだけでなくイメージがしやすくなります。
例えば葉がひらひらと揺れながら落ちていく様子を「まるで葉が踊っているようだ」と感じたことはありませんか?このようなときには「葉が落ちる」と表現するのではなく「枯葉舞う」と表現しましょう。こうすることによって、枯葉が左右に揺れながら少しずつ落ちていく様子がイメージできます。
次に体言止めですが、これは名詞で言葉を終わらせる方法のことを言います。通常であれば「花が咲いている」と言うところを「咲いている花」というように表現します。余韻を残したいときや、寂しい雰囲気を感じさせたときに効果的な方法です。
例えば松尾芭蕉の有名な句に「古池や蛙飛びこむ水の音」というものがあります。これは「音」という名詞で終わらせている体言止めの句です。体言止めで終わることで、読んだ人が水の音の余韻に浸れるような句になっています。
このように擬人化や体言止めを効果的に使用することで、情緒ある俳句を作れるようになります。最初は難しいですが、作った俳句を推敲するときに表現を工夫してみましょう。
古典的表現を使ってみよう
俳句は日本の古い文化です。そのため古典的な表現を使用すると、ぐっと俳句らしい雰囲気になります。また古典的な表現は、感動した部分に使うとその部分が印象付けられて、より効果的になります。
例えば「夕立」を古典的な表現にすると「白雨」となります。普段の生活ではあまり聞かない言葉ですが、あまり聞かない言葉だからこそ印象に残すことができます。中心にしたい言葉に古典的な表現を利用すると、読み手にも「この人はここに感動したんだな」と伝わりやすくなります。
古典的表現を使うときには、古語辞典を使いましょう。送り仮名などの間違いも防げますし、古典的表現の勉強にもなります。
切れ字はどうやってつかう?
俳句でよく使われている表現が切れ字です。切れ字は古典的表現の中でも最後に付ける言葉のことで、文章を整えたり前の言葉を強調したりするのに使われます。普段の会話などでは使われませんが、俳句ではよく使われる手法です。切れ字で使われる言葉はいくつかありますが、中でも現在の俳句でよく使われるのは「や」「けり」「かな」の3つです。この3つの使い方を覚えていれば、大体の句で応用できます。
「や」は特に感動を表す切れ字です。前の言葉を強調する効果があり、5・7・5の最初の5で使われる場合が多いです。松尾芭蕉の有名な句「しずかさや岩にしみいるせみの声」でも、最初の「しずかさ」に「や」を付けることで、静かさを強調しています。
「かな」は「や」よりも軽めの表現です。余韻を残す効果があるため、5・7・5の最後の5によく使われます。松尾芭蕉の「おもしろうてやがて悲しき鵜飼かな」も、最後に「かな」を付けることで、捕った魚を結局は吐き出さなければいけない鵜の悲しさに余韻を残しています。
「けり」は断言するような強い感動を表します。5・7・5の中では最後の5に使われることが多く、句を締めくくる切れ字です。最初に紹介した「赤とんぼ筑波に雲もなかりけり」でも「けり」を使って感動を表現しています。また「けり」は「した」という過去を表す言葉でもあります。
おわりに
上記のコツさえ押さえれば、俳句は決して難しくはありません。何度も作っているうちに慣れてきて、だんだん俳句を作るのも楽しくなります。
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